フライボール革命

今季の大リーグ*1の総本塁打数は、史上最多の6105本であった。これまでの最多は2000年の5693本だから、400本以上の急増となっている。2000年といえば、筋肉増強剤であるステロイド*2の使用が騒がれていた年である。近年は検査が厳格になったにもかかわらず、悠々とその記録を上回っているのだ。

一部からは「ボールの飛び過ぎ」に起因するとした意見も聞かれるようだが、決してそうではないのだ。なぜなら、大リーグの打者たちは今までの既成概念をひっくりかえす改新を起こしていたからだ。
ゴロよりフライの方がヒットの確率が高い
大リーグの公式の専門家が打球速度と角度を分析したところ、打者が好成績を残している「バレルゾーン(Barrel Zone)」の存在を発見した。それによれば打球速度が158キロ以上、角度が30度前後の打球は8割がヒット、その多くがホームランになっているそうだ。
さらに、統計学に基づくセイバーメトリクス*3によれば、フライ*4よりもゴロ*5の方が、アウト*6になる確率が高いことが立証されたというのだ。実際に2013年の日本プロ野球のデータ*7を見ると、ゴロによるアウトの確率が77%に対し、フライは63%。ゴロかフライかによって14%の違いが生まれているのだ。
日本プロ野球におけるゴロとフライの打球の結果(2013年)
 

        アウトになる確率・ヒットになる確率

ゴロ→77%                        23%

フライ→63%                    37%

大リーグでは各打者の打球方向のデータから、日本よりも大胆なシフト*8を敷くのが当然になっている。つまり、いい当たりのゴロやライナーを打ったとしても、アウトになる可能性が高くなっているのだ。
そのような一聴すると打者不利と思われる状況下もバレルゾーンの認知を後押ししたはずだ。ゴロよりフライを打って、ヒットを増やす論理が普及してきたのだ。

フライを上げる練習に取り組む大リーガー
この理論に従い、大リーガーたちはバレルゾーンを意識してフライを打つ練習に取り組むようになっている。長らく野球の常識となっていた、ボールを上からたたく、俗にいう「大根切り」でゴロやライナーを打つ練習ではなく、ボールの下面を打ちフライを打ち上げる練習だ。
今季の大リーグにおけるアメリカンリーグ*9でホームラン王となったニューヨーク・ヤンキースのアーロン・ジャッジ選手は、フライを打つ練習に取り組んでいる選手の一人だ。ボールを時計に見立て、ボールの下面左側である7時を指す部分にバットが当たるように意識してバッティング練習を行っているそうだ。意図的に打球が上がる確率を高めるためだ。結果はホームラン52本。打率は2割8分4厘であるが、彼はまだ大リリーグ1年目である。だから、伸び代を加味すれば、来季以降の活躍が非常に楽しみだ。
また、このフライボール革命をチーム全体で取り組んでいる球団がある。チーム打率・総得点・長打率が大リーグ首位。総本塁打数は首位と3本差の2位。打撃において群を抜く結果を残した。ワールドシリーズ*10でダルビッシュ有投手や前田健太投手が手痛い一発を浴びた記憶も新しいのではないだろうか。そう、今季のワールドチャンピオン*11、ヒューストン・アストロズだ。

日本でも広まりつつある革命
このフライボール革命は日本プロ野球でも徐々に広がりを見せている。ここ最近の好例を挙げれば、福岡ソフトバンクホークス柳田悠岐選手だ。柳田選手は今季序盤は不調に陥り、2割台の打率をなかなか抜け出せない状態が続いていた。
人工芝の張り替えが本拠地のヤフオクドームあったため、ゴロの勢いが芝に吸収されやすくなり、柳田選手の豪快な一振りを持ってしても打球が内野の間を抜けづらくなったことも要因の一つであるようだ。
その不振からの脱却のきっかけとなったのが、大リーグから今年ソフトバンクに復帰した川崎宗則選手の言葉だった。「ゴロは打つな。フライを打て」

大リーグでフライボール革命を目の当たりにしてきた川崎選手の一言を境に、柳田選手は目の前の霧が晴れたかのように見事に打ち出した。打球の傾向を見ると昨季はゴロは138、フライが62。それに対して、今年はゴロは93、フライが100。内容が変わっているのは一目瞭然だ。今季の打撃成績は打率3割1分、本塁打31本、打点99と日本一奪還に大きく貢献している。
30年前から実践していた日本人選手がいた

大リーグでこの理論が確立される前から、既に自らの打撃に取り入れ実践している選手が日本球界にいた。3度の三冠王を達成した落合博満氏だ。
練習で行うトスバッティング*12は通常はボールの芯を打ち抜くことにより、投球に対して打つべき一点の確認を行うのが主な目的である。
一方、落合氏のトスバッティングはボールの下方を叩き、回転を掛けてフライを打つ練習として行っていた。フリーバッティング*13でも、打撃投手に遅いボールを投げさせて、ひたすらにフライを打つ練習をしていたのだ。
落合氏のバッティングを専門家が解説するときに「バットにボールを乗せる」という表現が決まり文句のように用いられていたが、これこそが落合流「フライボール革命」であったはずだ。

当時は「オレ流」などと独自の練習方法をやゆする嫌いもあった。しかし、時を経て、データという裏付けとともに戻ってきた「オレ流の理論」は全盛期を迎えようとしている。己の道をひた信じて、結果も出してきた落合氏。やはり「努力と天才の人」であったと言わざるを得ないのだ。
まとめ
この「フライボール革命」は特に若い選手の間で、浸透しつつあるようだ。今年のワールドベースボールクラシック*14において、読売ジャイアンツ坂本勇人選手が他球団の打者たちに打撃理論を聞いたところ、大部分の選手がアッパー*15スイング*16を意識していることに衝撃を受けたようだ。

埼玉西武ライオンズ秋山翔吾選手もボールを下から打ちにいく心象を持ってから打撃が向上したと語っている。これまで長打が少なく、高い打率を維持する打者だった秋山選手が本塁打数を昨季の11本から今季は25本と倍増させている。加えて、打率も2割9分6厘から3割2分2厘に上がっていることは非常に興味深い。
来季以降に「フライボール革命」がプロ野球を席巻すればどうなるだろうか。少年野球からプロ野球までの練習方法ががらりと様変わりする契機となるかもしれない。
さぼりは必ず「ばれる」ものだからご注意を。